古代丹波歴史研究所所長の伴とし子です。
全国の歴史に興味のある方々とともに、
古代史を史書だけでなく土地の声を聴き多様な観点から検証し、
日本のために尽くした方々の功績を明らかにして
未来の日本に繋げていきたいと思います。
皆さまのご参加をお待ちしています。
伴 とし子 オフィシャルサイト facebook 伴 とし子 新刊「卑弥呼の真実に迫る」

研究所の理念

「古代丹波歴史研究所」は、歴史・考古学・伝説などに興味のある方々と研究会や交流をもち、文献資料、考古学的発掘資料、伝説や神社伝承等から多角的総合的視野にたって研究を進め、古代日本の姿を明らかにしていくことを目的として活動しております。
古代の表玄関である古代丹波は、丹後を中心として、丹波、但馬を含み、さらに若狭、近江、山城等々広範囲に勢力を及ぼしており、ここに、際立った王国があったのではないかということが、数々の遺跡や『古事記』『日本書紀』の伝えや神社伝承等から考えられます。
さらに、日本海文化に、広く日本古代史に注目しながら、この研究所が日本古代史解明の鍵となりますように、先人たちが創り上げてきたこの国の黎明に思いを馳せ、国づくりに携わった方々に感謝と誇りを持ちながら、皆様とともに学び、未来を担う次世代に繋げていきたいと思います。
会員募集(随時)
古代丹波歴史研究所は、このような思いを達成するため、会員募集を行っています。
歴史、考古学、伝説などに興味のある方でしたら、どなたでも入会いただけます。皆様のご参加をおまちしています。
活動内容
  • 古代丹波及びその関連領域に関する研究・調査
  • 会報等の研究成果の刊行【不定期】
  • 研究会、公開講座、講演会、歴史ウォーク等の開催
  • 研究・調査に必要な図書・資料及び情報の収集、管理
  • その他前条の目的を遂行するために必要な事業
会員の特典
  1. 会報「天のかけはし」を送付します。【不定期】
  2. 会報に、会員の方の寄稿等を掲載します。
  3. 研究会、講演会等を、ブログ等でご案内いたします。
[年会費]
無料
FAXでのお申込み
FAX用紙はこちら
0748-33-2556
事務局 〒523-0876 滋賀県近江八幡市本町三丁目16番地
古代丹波歴史研究所 URL:http://kodai.holy.jp/

会  報

会報「天のかけはし」を発行しています。
会員の方には、会報を発行のたびに送らせていただきます。
また、原稿の投稿も可能になります。

天のかけはし 第19号
第19号 天のかけはし
2022年1月1日発行
ご挨拶 「消滅地名 丹後の「熊野」を後世に」
論説 スサノヲのふるさとはタニハ 伴 とし子
<研究ノート>
丹後大仏の由来 小塚 敏郎
第七回 研究会のご報告
ひろば 大丹波王国の国家作成・ユーチューブ発信中・講演会のご報告など・ACT4に掲載されました
令和3年の活動記録略記
卑弥呼も食べた?和食処「二反田」

第19号 ご挨拶より 「消滅地名 丹後の「熊野」を後世に」

「熊野」という地名は、全国にありますが、日本建国の謎を解くカギといえる地名ではないかと思慮しています。「熊野」といえば、熊野古道として名高い和歌山県だとか出雲の熊野などをイメージされる方が多いと思います。しかし、「熊野郡」として、大変広い地域を表してきたのは、丹後半島にある旧京都府熊野郡久美浜町でした。平成の市町村大合併により、平成一六年に熊野郡久美浜町は、京丹後市久美浜町となり、「熊野郡」の地名が消えてしまいました。このことについて、私はこの機関紙や総合文芸誌『まほろば』や京都地名研究会の『地名探求』に投稿し、熊野のルーツこそ丹後の熊野であると書かせていただいてきました。今こそ、この地の重要性を後世に残したいとの思いが強くなっています。

熊野の地名の始まりの地、小さな看板でもいい、小さなことから始めることができたらと、新しい年を迎え夢見ています。

天のかけはし 創刊号
創刊号 天のかけはし
2015年5月20日発行
ご挨拶
いまここから大丹波王国論のうねりを
大丹波王国とはどの範囲か
対談宮津市長 天橋立宮津を聖地に
心の故郷・魂に美味しい丹後
卑弥呼も食べた?
彦火明神が降臨した冠島
彦火明神が降臨した冠島
真ん中が立神岩
(写真家・坂根正喜氏撮影)
第2号 天のかけはし
2015年10月1日発行
ご挨拶 天孫降臨の島
丹後の血脈に生まれた倭姫命 伴とし子
天照大神の巡行と吉佐宮
倭姫宮にお参りして 顧問 岡茂夫氏
会員の広場 白須秀樹氏
対談京丹後市長新シルクロードスタート
心の故郷・魂に美味しい丹後
卑弥呼も食べた?
冠島から昇る神々しい朝日
火明命が降臨した冠島から
昇る神々しい朝日
(写真提供:斉藤清己氏)
第3号 天のかけはし
2016年1月1日発行
ご挨拶 言霊の幸ふ国
論説 皇學館大學教授 白山芳太郎氏
先代旧事本紀をもとに記述する神皇正統記
会員の広場 野村しづかず氏
天孫降臨と火明命
対談 山添与謝野町長
心の故郷・魂に美味しい丹後
卑弥呼も食べた?
京丹後市丹後町徳光 桃の花の園
桃の花の園
京丹後市丹後町徳光
(坂根正喜氏撮影)
第4号 天のかけはし
2016年5月1日発行
ご挨拶 中今(なかいま)
論説 皇學館大學教授 白山芳太郎氏
先代旧事本紀をもとに記述する神皇正統記
心の故郷・魂に美味しい丹後
ヤマトを創った丹後海人族伴とし子
対談 吉本秀樹伊根町長
研究ノート羽渕徹氏
卑弥呼も食べた?
白いカモメがゆうゆうと飛ぶ伊根の舟屋
白いカモメがゆうゆうと
飛ぶ伊根の舟屋
(重要伝統的建造物群保存地区)
第5号 天のかけはし
2016年9月1日発行
ご挨拶 旺盛な好奇心と情熱を
論説 龍谷大学名誉教授 小寺慶昭氏
籠神社の参道狛犬
ヒルコはなぜ流されたか 伴とし子
対談 京丹後市 三崎政直市長
研究ノート 御肇国天皇 佐藤和代氏
研究ノート 稲の伝播について関戸容夫氏
卑弥呼も食べた?
冠島に昇る朝日と光の環
冠島に昇る朝日と光の環
第6号 天のかけはし
2017年1月1日発行
ご挨拶 信じる力は
論説 古代丹後王国の旅 工学博士 長野正孝氏
古代水軍の長 健振熊宿袮 伴とし子
研究ノート「導水施設」から見た丹後王国とヤマト政権との関係について 三浦 到氏
ひろば 研究会・講演会の報告
卑弥呼も食べた?
白いカモメがゆうゆうと飛ぶ伊根の舟屋
獅子先崎稲荷神社(宮津市)
(写真家・坂根正喜氏撮影)
第7号 天のかけはし
2017年6月1日発行
ご挨拶 『古事記』にみえる植物
論説 大丹波王国~ヤマトも畏れた北の大国 元京都府立丹後郷土資料館学芸員 奥村清一郎氏
市邊押磐皇子と二皇子逃亡伝承 伴とし子
研究ノート 万葉集から歴史を読む 中島 紀氏
ひろば 丹後王国についての所見 宮﨑直之氏
研究ノート 稲の伝播について 関戸容夫氏
卑弥呼も食べた?
伊根湾を上空より
伊根湾を上空より
(坂根正喜氏 空撮)
第8号 天のかけはし
2017年9月1日発行
ご挨拶『マイフェアレディ』のテーマとは
論説 卑弥呼の装いに思う
天理大学非常勤講師 酒野晶子氏
皇后、妃となった丹後の姫 伴とし子
研究ノート 大丹波王国の中核か 野村 しづかず氏
卑弥呼も食べた?
研究会のお知らせ 10月21日(土)
歴史伝説ウォーク 10月22日(日)

神谷神社の磐座
神谷神社の磐座
(京丹後市久美浜町)
第9号 天のかけはし
2018年1月1日発行
ご挨拶 「丹波道主命の伝承が濃厚に残る久美浜」
論説 ニソの森とニジュウソウ 
民俗学者 金田久璋
海人水軍の郷 久美浜 伴とし子
第三回古代丹波歴史研究所研究会の報告 研
究ノート 遥かなる吉備 藤田泰弘
卑弥呼も食べた?
伊根 舟屋の春
伊根 舟屋の春
(坂根正喜氏 撮影)
第10号 天のかけはし
2018年4月10日発行
ご挨拶 「灯る火の守り人として」
論説 神話考旅立つものとどまるもの
吉野健一 
但馬とアメノヒボコと神宝 伴とし子
ひろば 座談樂会のお知らせ
ひろば 古代史は知的挑戦
研究ノート ハシとクシ考 杉本寛
研究ノート 丹後王国と蘇我氏との関連性 宮崎直之
卑弥呼も食べた?
鬼が封じ込められた伝承をもつ立岩(京丹後市丹後町間人)
鬼が封じ込められた伝承をもつ立岩
(京丹後市丹後町間人)
第11号 天のかけはし
2018年8月10日発行
ご挨拶 「伝承の掘り起こしから歴史の真実に迫る」
伝承から五世紀の謎に迫る 伴とし子 
「万葉集から歴史を読む」中島 紀
「比治の真名井の神と風土記」 坪倉慧二郎
「丹後から近江への鉄の道」 野村しづかず
ひろば 第2回 座談欒会のご報告
卑弥呼も食べた?
宗雲寺 (京丹後市久美浜町)
宗雲寺 (京丹後市久美浜町)
第12号 天のかけはし
2019年1月1日発行
ご挨拶 「歴史研究は、果てしない鉱山にはいっていき、あるともないともわからない鉱脈を掘り出すような作業である」
論説 想像の丹後半島 千田 稔
足洗井戸と降臨伝承 伴とし子
ひろば 研究会等のご報告
<研究ノート>
(1)丹後王国について 宮﨑直之
(2)古事記は天御中主神を隠している 伊敷 豊
(3)与謝野町香河に伝わる小萩姫伝説 小塚敏郎
卑弥呼も食べた?
あじさいとトンボ(東近江市 宮荘川)
あじさいとトンボ
(東近江市 宮荘川)
(川合雅美氏 撮影)
第13号 天のかけはし
2019年4月10日発行
ご挨拶 「女性の力」
論説 丹後の三大古墳とヤマト政権 塚口義信
丹波にいたヒカトベの子と元出雲 伴とし子 
<研究ノート>
(1)軽矢と穴穂矢 齋藤喜一
(2)歴史散策記 宮﨑直之
(3)宮津藩から日本史を学ぶ 羽渕 徹
ひろば 研究会等のご報告
卑弥呼も食べた?
間人皇后と聖徳太子親子像
間人皇后と聖徳太子親子像
(京丹後市間人)
第14号 天のかけはし
2019年8月10日発行
ご挨拶 「令和元年を迎えて」
論説 かぐや姫は丹後竹野姫の曾孫~竹取物語の謎に迫る 伴とし子
<研究ノート>
(1)日中韓文献比較から考える 工藤洋一
(2)雑感 三冨義圓
(3)入り婿の事例と指標となる鉄器 白須秀樹
ひろば 研究会等のご報告
卑弥呼も食べた?
令和の日の出
令和の日の出
(東近江市)
(田中喜代子氏 撮影)
第15号 天のかけはし
2020年1月1日発行
ご挨拶 「歴史の中の人々の情熱と共に」
論説 国のまほろば丹後考 小路田泰直
聖徳太子と間人后と小兄比売 伴とし子 
<研究ノート>
(1)浦島伝説の裏側~「龍宮にいちばん近い丹後」(伴とし子 著)を読んで~ 佐藤和代
(2)古代丹波と近江をつなぐ「人」 野村しづかず
(3)謎 久次岳を探る 杉本 寛
ひろば 研究会等のご報告
卑弥呼も食べた?
間人の城島と桜
間人の城島と桜
(舞鶴市)
(坂根正喜氏 撮影)
第16号 天のかけはし
2020年5月20日発行
ご挨拶 「おのごろ島伝承がよみがえる」
論説 神の里 熊野考 伴とし子
<研究ノート>
(1)神の名を冠する天皇 山崎秀人
(2)万葉から歴史を読む額田王は誰か 中島紀
ひろば 取材ツアー・講演会ご報告
卑弥呼も食べた?
成相寺
成相寺
(宮津市)
(伴とし子 撮影)
第17号 天のかけはし
2021年1月1日発行
ご挨拶 「さあ、今、何ができる。今だ。」
論説 タニハが日本を生んだ 歴史作家 関裕二
熊野のルーツは丹後 タニハは日本建国始まりの地 伴とし子 
<研究ノート>
(1)大国主命はタニハの神 佐藤洋太
(2)藤原不比等 伊敷豊
ひろば 研究会の報告・講演会ご報告ほか
卑弥呼も食べた?「お食事処 油屋」
京丹後市久美浜の夕景
京丹後市久美浜の夕景
(与謝野町)
(坂根一弘氏 撮影)
第18号 天のかけはし
2021年7月21日発行
ご挨拶 「作家、タニハに注目、感謝」
論説 卑弥呼と邪馬台国 伴 とし子
<研究ノート>
(1)阿蘇海周辺を探る 杉本 寛
(2)黄金の大刀我が国で製造 丹後王国のレガリア 伴 とし子
ひろば 研究会のお知らせ・講演会報告・ユーチューブ発信中
大丹波王国の卑弥呼ソング完成
卑弥呼も食べた?「THE・SPICE」

研究会・講演会のお知らせ

研究会のお知らせ

古代丹波歴史研究所第7回研究会を、下記の通り開催いたします。

【基調講演】「日本の基礎を築いた環日本海文化圏と丹後」
歴史作家 関 裕二先生
特別出演/桂米團治師匠と古代史談義
【講演2】「日本建国始まりの地 大丹波王国」
古代史研究家 伴 とし子 

日時:令和3年9月25日(土)午後1時30分~午後5時(受付12時40分)
会場:天橋立ホテル 2階/京都府宮津市文殊310 電話 0772-22-4111
(天橋立駅から徒歩1分 お車の方は市営駐車場をご利用ください)
懇親会:研究会終了後、希望者で夕食会を行います。(午後5時30分~午後8時) 
(天橋立ホテルシーサイドビアテラスにて)
参加費:研究会参加費 2,000円/懇親会参加費 4,000円

お問い合せ:丹後事務局:奥田裕(電話 0772-42-5042)まで        
主催 古代丹波歴史研究所 

皆様どうぞご参加下さい。お待ちしています。
古代丹波研究会
古代丹波歴史研究所 所長
古代史研究家
Toshiko Ban
伴 とし子
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Toshiko Ban’s Profile
伴 とし子 プロフィール
京都府京丹後市に生まれる。滋賀県近江八幡市に在住。大谷大学文学部文学科卒業。佛教大学史学科博物館学芸員課程修了。伝説、歴史の研究に取り組み、大丹波王国論(丹後王国論)を展開する。中学校講師、東近江行政組合勤務後、古代丹波歴史研究所設立。
所属

日本ペンクラブ会員
京都地名研究会会員
全国邪馬台国連絡協議会会員 
伴 とし子 プロフィール
Toshiko Ban’s Book
著書
最 新 刊
卑弥呼の真実に迫る 京都丹後に謎解きの鍵 伴とし子著
2016年11月出版
卑弥呼の真実に迫る
京都丹後に謎解きの鍵
丹後、丹波、但馬を中心に、若狭、山城、近江、難波、大和、更にその周辺にまで勢力を広げた大丹波王国。系図に残された日女命とは誰か?今なお謎を秘めた邪馬台国女王卑弥呼は、海人族集団のリーダーとして君臨した大丹波王国の女王と同一人物か? 系図が示す驚くべき内容が今、明らかに!

明窓出版  四六版・224頁 定価 本体1,800円+税
amazonで購入
『卑弥呼と邪馬台国』 伴 とし子共著(テレビせとうち)
卑弥呼と邪馬台国
平成26年 共著(テレビせとうち)
邪馬台国とはどこか。大丹波王国説を論じた、共著。
『丹後王国物語』の「まんが丹後王国物語」 丹後建国1300年記念事業実行委員会編 伴とし子著
『丹後王国物語』の「まんが丹後王国物語」
平成25年 丹後建国1300年記念事業実行委員会編
まんがであらわした丹後王国の物語。歴史が『楽しくわかりやすく』理解できる。考古学遺跡や遺物、文献資料も豊富。
『応神と仁徳に隠された海人族の真相』 伴とし子著
応神と仁徳に隠された海人族の真相
平成24年 新人物往来社
応神と仁徳の事績と年代を分析し、海人族の歴史に迫る。
『ヤマト政権誕生と大丹波王国』 伴とし子著
ヤマト政権誕生と大丹波王国
平成23年 新人物往来社
丹後の古代史は「古事記」「日本書紀」の定説を覆す驚愕の内容だった。
『卑弥呼の孫トヨはアマテラスだった』 伴 とし子著
卑弥呼の孫トヨはアマテラスだった
平成19年 明窓出版
元伊勢の謎に挑む。アマテラスとはだれか。アマテラスが祀った神とは。最高神とは。渾身の意欲作。
『前ヤマトを創った大丹波王国』 伴 とし子著
前ヤマトを創った大丹波王国
平成16年 新人物往来社
古代史の再構築に挑む。前ヤマトを創ったのが大丹波王国だった。 卑弥呼、二つの天孫降臨、古代史の謎を解く鍵を私は握っている。
『古代丹後王国は、あった』 伴 とし子著
古代丹後王国は、あった
平成10年 東京経済
多くの伝説と遺跡からの推理。古代丹後王国があったことを証明した衝撃の書。
『龍宮にいちばん近い丹後』 伴 とし子著
龍宮にいちばん近い丹後
平成2年
浦嶋伝説のふるさと丹後には、2つの浦嶋伝説があり、浦嶋の系図も残されている。ロマンあふれる伝説地を紹介する。
『網野の浦嶋伝説』 網野町文化保存会 伴とし子
網野の浦嶋伝説
昭和55年 網野町文化保存会
文献学的には日本最古の浦嶋伝説の発祥の地丹後には、伊根の宇良神社と網野の浦島伝説と2か所の伝承地がある。なぜ2か所につたえられるのか、わかりやすくたどる。
Photo Album
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伴とし子フォトアルバム
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Blog
ブログ
伴 とし子
「熊野始まりの地、久美浜」京丹後市で講演
令和4年5月11日

新緑の5月。京丹後市久美浜町。かぶと山を拝んだという拝み岩がわずかに残されているので、再度拝み岩へ。そこからかぶと山を遥拝しました。そのあと、塚ナル古墳を見学。茶臼山古墳を遠望し、次はかぶと山に登りました。上まであがると、熊野神社と絶景久美浜湾と大明神岬を眺めました。少彦名命は熊野の岬から常世へ。常世信仰あまたあふれる丹後。不思議なさわやかな気が流れていました。

翌日は、京丹後市高齢者大学開校式後、「熊野、始まりの地、久美浜」と題してお話しさせていただきました。くま kuma は かみ kami、熊野は神の里。始まりの地。川上麻須良、ひばす皇后、丹波道主王の伝承の残る王家の故郷です。

「熊野始まりの地、久美浜」京丹後市で講演

京都地名研究会20周年記念講演パーティ開かれる
令和4年4月24日

京都地名研究会は設立20周年を迎え、京都において記念講演が開催されました。小寺慶昭会長の挨拶にはじまり、登壇されたのは、早稲田大の笹原宏之教授が「地名の漢字から読み取れること」と題し、地名から歴史や暮らしが推察できることについて、九州大の服部英雄名誉教授は、「歴史と地名学」と題して歴史学と地理学との関係性において地名を考えることを論じられました。

その後、懇親会は小寺会長の挨拶、小牧誠一郎様の乾杯のご発声でにぎやかに開催されました。発刊された20周年記念号『地名探求』には、多くの会員による興味深い論考がまとめられました。私も、熊野の地名を考察し書かせていただきました。改めて学びの大事さを思いながらひとときを過ごしました。

京都地名研究会20周年記念講演パーティ開かれる

露ウクライナ戦争の即時停止、停戦を。
令和4年3月1日

皆様とともに、平和を強く心から願います。

協議をさらに進めて停戦を早く。一日遅れれば、さらに大きな生命が失われます。未来を担う子供たちを悲しませてはいけません。母性のある政治判断を即時してください。

かつて、日本も無謀な戦争によって尊い生命を数多く失いました。当時、昭和16年宣戦の布告とともに、我が父も出兵。所属した福知山歩兵第二十連隊三ヶ大隊約4千名の部隊はフィリピン・バタアン半島に派遣されましたが、すでに全島が要塞化されておりました。隊は全滅の中、負傷しつつも生還した父は、作戦本部の戦局を誤った判断のしたに命令が下され全滅にいたったこと、かけがえのない戦友を失い、多くの人々が味わった苦しみを生涯、心に重く受け止め、平和を強く希求、戦争は二度と起こしてはならないと悲痛な思いで『フィリピン・バタアン戦記 死線を超えて』(柴田義男著)を書き終え、亡くなりました。

戦争がもたらすものは哀しみでしかありません。人類は過去に学び、美しい平和世界で、安らいで生きる権利があります。世界の平和を強く望みます。

『フィリピン・バタアン戦記 死線を超えて』(柴田義男著)

ますます輝く大丹波王国
令和4年1月9日

明けましておめでとうございます。昨年中は、大丹波王国を応援していただき、ありがとうございました。タニハのすごさは、これからますます証明されることと思います。

「ACT4(アクトフォー)」という素敵な雑誌に掲載いただきましたので、ご覧いただければ幸いです。

「和久傳ノ森物語」が特集され、私の「九州、大和を凌駕する大丹波王国がよみがえる」と題したものも掲載いただきました。タニハが、丹後が、日本海沿岸が、ますます栄えますことを、お祈りいたします。そして、健康におだやかに暮らせますことをお祈りいたします。今年もよろしくお願いいたします。

ますます輝く大丹波王国

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