古代丹波歴史研究所所長の伴とし子です。
全国の歴史に興味のある方々とともに、
古代史を史書だけでなく土地の声を聴き多様な観点から検証し、
日本のために尽くした方々の功績を明らかにして
未来の日本に繋げていきたいと思います。
皆さまのご参加をお待ちしています。
伴 とし子 オフィシャルサイト facebook 伴 とし子 新刊「卑弥呼の真実に迫る」

研究所の理念

「古代丹波歴史研究所」は、歴史・考古学・伝説などに興味のある方々と研究会や交流をもち、文献資料、考古学的発掘資料、伝説や神社伝承等から多角的総合的視野にたって研究を進め、古代日本の姿を明らかにしていくことを目的として活動しております。
古代の表玄関である古代丹波は、丹後を中心として、丹波、但馬を含み、さらに若狭、近江、山城等々広範囲に勢力を及ぼしており、ここに、際立った王国があったのではないかということが、数々の遺跡や『古事記』『日本書紀』の伝えや神社伝承等から考えられます。
さらに、日本海文化に、広く日本古代史に注目しながら、この研究所が日本古代史解明の鍵となりますように、先人たちが創り上げてきたこの国の黎明に思いを馳せ、国づくりに携わった方々に感謝と誇りを持ちながら、皆様とともに学び、未来を担う次世代に繋げていきたいと思います。
会員募集(随時)
古代丹波歴史研究所は、このような思いを達成するため、会員募集を行っています。
歴史、考古学、伝説などに興味のある方でしたら、どなたでも入会いただけます。皆様のご参加をおまちしています。
活動内容
  • 古代丹波及びその関連領域に関する研究・調査
  • 会報等の研究成果の刊行【不定期】
  • 研究会、公開講座、講演会、歴史ウォーク等の開催
  • 研究・調査に必要な図書・資料及び情報の収集、管理
  • その他前条の目的を遂行するために必要な事業
会員の特典
  1. 会報「天のかけはし」を送付します。【不定期】
  2. 会報に、会員の方の寄稿等を掲載します。
  3. 研究会、講演会等を、ブログ等でご案内いたします。
[年会費]
無料
FAXでのお申込み
FAX用紙はこちら
0748-33-2556
事務局 〒523-0876 滋賀県近江八幡市本町三丁目16番地
古代丹波歴史研究所 URL:http://kodai.holy.jp/

会  報

会報「天のかけはし」を発行しています。
会員の方には、会報を発行のたびに送らせていただきます。
また、原稿の投稿も可能になります。

天のかけはし 第17号
第17号 天のかけはし
2021年1月1日発行
ご挨拶 「さあ、今、何ができる。今だ。」
論説 タニハが日本を生んだ 歴史作家 関裕二
熊野のルーツは丹後 タニハは日本建国始まりの地 伴とし子
<研究ノート>
(1)大国主命はタニハの神 佐藤洋太
(2)藤原不比等 伊敷豊
ひろば 研究会の報告・講演会ご報告ほか
卑弥呼も食べた?「お食事処 油屋」

第17号 ご挨拶より 「さあ、今、何ができる。今だ。」

燈明を供えるとは、四方を照らすがごとく社会の中で平等に判断するを誓うこと、花を供えるとは、苦難に耐え、自分の花を咲かせることを誓うこと、線香を供えるとは、私の人生も燃え尽きるまで不断に精進し、貢献するを誓うこと、と成相寺にあり、国家の安寧を祈りました。令和二年九月の研究会でタニハ国が日本建国始まりの地であるとお話をさせていただいた直後の九月一八日には、京丹後市丹後町上野から約三万六〇〇〇年前という後期旧石器時代前半の石器など見つかり、府内最古の遺跡であることが判明。某情報によれば近畿内でも最古とのことだ。縄文・弥生を超える後期旧石器時代でもタニハは始まりの地であったのだ。さて、若狭に年縞博物館がある。若狭町の水月湖の湖底に七万年もの縞々が作られていたことで、年代決定の世界標準のものさしとされているという。人類の七万年の歴史が刻まれていた。そう思うと私たちが生きている今の、なんと一瞬であることか。この「一瞬」を思いきり精進しなければと思う。又、「一瞬」ではあるが、「永遠」でもあるのではないか。人智を超えた何かしら偉大なる何者か(サムシンググレート)によって、私たちは何かを為すために生命をいただいている。「懸命な努力、自分や仲間を信じる力、絶対にやり遂げるという強い志があれば、天は必ず味方してくれる」と村上和雄氏はいう。さあ、今、何ができる。何をしよう。行動しよう。(所長)

天のかけはし 創刊号
創刊号 天のかけはし
2015年5月20日発行
ご挨拶
いまここから大丹波王国論のうねりを
大丹波王国とはどの範囲か
対談宮津市長 天橋立宮津を聖地に
心の故郷・魂に美味しい丹後
卑弥呼も食べた?
彦火明神が降臨した冠島
彦火明神が降臨した冠島
真ん中が立神岩
(写真家・坂根正喜氏撮影)
第2号 天のかけはし
2015年10月1日発行
ご挨拶 天孫降臨の島
丹後の血脈に生まれた倭姫命 伴とし子
天照大神の巡行と吉佐宮
倭姫宮にお参りして 顧問 岡茂夫氏
会員の広場 白須秀樹氏
対談京丹後市長新シルクロードスタート
心の故郷・魂に美味しい丹後
卑弥呼も食べた?
冠島から昇る神々しい朝日
火明命が降臨した冠島から
昇る神々しい朝日
(写真提供:斉藤清己氏)
第3号 天のかけはし
2016年1月1日発行
ご挨拶 言霊の幸ふ国
論説 皇學館大學教授 白山芳太郎氏
先代旧事本紀をもとに記述する神皇正統記
会員の広場 野村しづかず氏
天孫降臨と火明命
対談 山添与謝野町長
心の故郷・魂に美味しい丹後
卑弥呼も食べた?
京丹後市丹後町徳光 桃の花の園
桃の花の園
京丹後市丹後町徳光
(坂根正喜氏撮影)
第4号 天のかけはし
2016年5月1日発行
ご挨拶 中今(なかいま)
論説 皇學館大學教授 白山芳太郎氏
先代旧事本紀をもとに記述する神皇正統記
心の故郷・魂に美味しい丹後
ヤマトを創った丹後海人族伴とし子
対談 吉本秀樹伊根町長
研究ノート羽渕徹氏
卑弥呼も食べた?
白いカモメがゆうゆうと飛ぶ伊根の舟屋
白いカモメがゆうゆうと
飛ぶ伊根の舟屋
(重要伝統的建造物群保存地区)
第5号 天のかけはし
2016年9月1日発行
ご挨拶 旺盛な好奇心と情熱を
論説 龍谷大学名誉教授 小寺慶昭氏
籠神社の参道狛犬
ヒルコはなぜ流されたか 伴とし子
対談 京丹後市 三崎政直市長
研究ノート 御肇国天皇 佐藤和代氏
研究ノート 稲の伝播について関戸容夫氏
卑弥呼も食べた?
冠島に昇る朝日と光の環
冠島に昇る朝日と光の環
第6号 天のかけはし
2017年1月1日発行
ご挨拶 信じる力は
論説 古代丹後王国の旅 工学博士 長野正孝氏
古代水軍の長 健振熊宿袮 伴とし子
研究ノート「導水施設」から見た丹後王国とヤマト政権との関係について 三浦 到氏
ひろば 研究会・講演会の報告
卑弥呼も食べた?
白いカモメがゆうゆうと飛ぶ伊根の舟屋
獅子先崎稲荷神社(宮津市)
(写真家・坂根正喜氏撮影)
第7号 天のかけはし
2017年6月1日発行
ご挨拶 『古事記』にみえる植物
論説 大丹波王国~ヤマトも畏れた北の大国 元京都府立丹後郷土資料館学芸員 奥村清一郎氏
市邊押磐皇子と二皇子逃亡伝承 伴とし子
研究ノート 万葉集から歴史を読む 中島 紀氏
ひろば 丹後王国についての所見 宮﨑直之氏
研究ノート 稲の伝播について 関戸容夫氏
卑弥呼も食べた?
伊根湾を上空より
伊根湾を上空より
(坂根正喜氏 空撮)
第8号 天のかけはし
2017年9月1日発行
ご挨拶『マイフェアレディ』のテーマとは
論説 卑弥呼の装いに思う
天理大学非常勤講師 酒野晶子氏
皇后、妃となった丹後の姫 伴とし子
研究ノート 大丹波王国の中核か 野村 しづかず氏
卑弥呼も食べた?
研究会のお知らせ 10月21日(土)
歴史伝説ウォーク 10月22日(日)

神谷神社の磐座
神谷神社の磐座
(京丹後市久美浜町)
第9号 天のかけはし
2018年1月1日発行
ご挨拶 「丹波道主命の伝承が濃厚に残る久美浜」
論説 ニソの森とニジュウソウ 
民俗学者 金田久璋
海人水軍の郷 久美浜 伴とし子
第三回古代丹波歴史研究所研究会の報告 研
究ノート 遥かなる吉備 藤田泰弘
卑弥呼も食べた?
伊根 舟屋の春
伊根 舟屋の春
(坂根正喜氏 撮影)
第10号 天のかけはし
2018年4月10日発行
ご挨拶 「灯る火の守り人として」
論説 神話考旅立つものとどまるもの
吉野健一 
但馬とアメノヒボコと神宝 伴とし子
ひろば 座談樂会のお知らせ
ひろば 古代史は知的挑戦
研究ノート ハシとクシ考 杉本寛
研究ノート 丹後王国と蘇我氏との関連性 宮崎直之
卑弥呼も食べた?
鬼が封じ込められた伝承をもつ立岩(京丹後市丹後町間人)
鬼が封じ込められた伝承をもつ立岩
(京丹後市丹後町間人)
第11号 天のかけはし
2018年8月10日発行
ご挨拶 「伝承の掘り起こしから歴史の真実に迫る」
伝承から五世紀の謎に迫る 伴とし子 
「万葉集から歴史を読む」中島 紀
「比治の真名井の神と風土記」 坪倉慧二郎
「丹後から近江への鉄の道」 野村しづかず
ひろば 第2回 座談欒会のご報告
卑弥呼も食べた?
宗雲寺 (京丹後市久美浜町)
宗雲寺 (京丹後市久美浜町)
第12号 天のかけはし
2019年1月1日発行
ご挨拶 「歴史研究は、果てしない鉱山にはいっていき、あるともないともわからない鉱脈を掘り出すような作業である」
論説 想像の丹後半島 千田 稔
足洗井戸と降臨伝承 伴とし子
ひろば 研究会等のご報告
<研究ノート>
(1)丹後王国について 宮﨑直之
(2)古事記は天御中主神を隠している 伊敷 豊
(3)与謝野町香河に伝わる小萩姫伝説 小塚敏郎
卑弥呼も食べた?
あじさいとトンボ(東近江市 宮荘川)
あじさいとトンボ
(東近江市 宮荘川)
(川合雅美氏 撮影)
第13号 天のかけはし
2019年4月10日発行
ご挨拶 「女性の力」
論説 丹後の三大古墳とヤマト政権 塚口義信
丹波にいたヒカトベの子と元出雲 伴とし子 
<研究ノート>
(1)軽矢と穴穂矢 齋藤喜一
(2)歴史散策記 宮﨑直之
(3)宮津藩から日本史を学ぶ 羽渕 徹
ひろば 研究会等のご報告
卑弥呼も食べた?
間人皇后と聖徳太子親子像
間人皇后と聖徳太子親子像
(京丹後市間人)
第14号 天のかけはし
2019年8月10日発行
ご挨拶 「令和元年を迎えて」
論説 かぐや姫は丹後竹野姫の曾孫~竹取物語の謎に迫る 伴とし子
<研究ノート>
(1)日中韓文献比較から考える 工藤洋一
(2)雑感 三冨義圓
(3)入り婿の事例と指標となる鉄器 白須秀樹
ひろば 研究会等のご報告
卑弥呼も食べた?
令和の日の出
令和の日の出
(東近江市)
(田中喜代子氏 撮影)
第15号 天のかけはし
2020年1月1日発行
ご挨拶 「歴史の中の人々の情熱と共に」
論説 国のまほろば丹後考 小路田泰直
聖徳太子と間人后と小兄比売 伴とし子 
<研究ノート>
(1)浦島伝説の裏側~「龍宮にいちばん近い丹後」(伴とし子 著)を読んで~ 佐藤和代
(2)古代丹波と近江をつなぐ「人」 野村しづかず
(3)謎 久次岳を探る 杉本 寛
ひろば 研究会等のご報告
卑弥呼も食べた?
間人の城島と桜
間人の城島と桜
(舞鶴市)
(坂根正喜氏 撮影)
第16号 天のかけはし
2020年5月20日発行
ご挨拶 「おのごろ島伝承がよみがえる」
論説 神の里 熊野考 伴とし子
<研究ノート>
(1)神の名を冠する天皇 山崎秀人
(2)万葉から歴史を読む額田王は誰か 中島紀
ひろば 取材ツアー・講演会ご報告
卑弥呼も食べた?

研究会・講演会のお知らせ

研究会のお知らせ

古代丹波歴史研究所第6回研究会を、盛況のうち終えました。
多くのご参加ありがとうございました。
当日の様子はブログに掲載いたしましたのでぜひご覧ください。
古代丹波歴史研究所 所長 伴 とし子
古代丹波研究会
古代丹波歴史研究所 所長
古代史研究家
Toshiko Ban
伴 とし子
オフィシャルサイト
Official Site
Facebook
Toshiko Ban’s Profile
伴 とし子 プロフィール
京都府京丹後市に生まれる。滋賀県近江八幡市に在住。大谷大学文学部文学科卒業。佛教大学史学科博物館学芸員課程修了。伝説、歴史の研究に取り組み、大丹波王国論(丹後王国論)を展開する。中学校講師、東近江行政組合勤務後、古代丹波歴史研究所設立。
所属

日本ペンクラブ会員
京都地名研究会会員
全国邪馬台国連絡協議会会員 
伴 とし子 プロフィール
Toshiko Ban’s Book
著書
最 新 刊
卑弥呼の真実に迫る 京都丹後に謎解きの鍵 伴とし子著
2016年11月出版
卑弥呼の真実に迫る
京都丹後に謎解きの鍵
丹後、丹波、但馬を中心に、若狭、山城、近江、難波、大和、更にその周辺にまで勢力を広げた大丹波王国。系図に残された日女命とは誰か?今なお謎を秘めた邪馬台国女王卑弥呼は、海人族集団のリーダーとして君臨した大丹波王国の女王と同一人物か? 系図が示す驚くべき内容が今、明らかに!

明窓出版  四六版・224頁 定価 本体1,800円+税
amazonで購入
『卑弥呼と邪馬台国』 伴 とし子共著(テレビせとうち)
卑弥呼と邪馬台国
平成26年 共著(テレビせとうち)
邪馬台国とはどこか。大丹波王国説を論じた、共著。
『丹後王国物語』の「まんが丹後王国物語」 丹後建国1300年記念事業実行委員会編 伴とし子著
『丹後王国物語』の「まんが丹後王国物語」
平成25年 丹後建国1300年記念事業実行委員会編
まんがであらわした丹後王国の物語。歴史が『楽しくわかりやすく』理解できる。考古学遺跡や遺物、文献資料も豊富。
『応神と仁徳に隠された海人族の真相』 伴とし子著
応神と仁徳に隠された海人族の真相
平成24年 新人物往来社
応神と仁徳の事績と年代を分析し、海人族の歴史に迫る。
『ヤマト政権誕生と大丹波王国』 伴とし子著
ヤマト政権誕生と大丹波王国
平成23年 新人物往来社
丹後の古代史は「古事記」「日本書紀」の定説を覆す驚愕の内容だった。
『卑弥呼の孫トヨはアマテラスだった』 伴 とし子著
卑弥呼の孫トヨはアマテラスだった
平成19年 明窓出版
元伊勢の謎に挑む。アマテラスとはだれか。アマテラスが祀った神とは。最高神とは。渾身の意欲作。
『前ヤマトを創った大丹波王国』 伴 とし子著
前ヤマトを創った大丹波王国
平成16年 新人物往来社
古代史の再構築に挑む。前ヤマトを創ったのが大丹波王国だった。 卑弥呼、二つの天孫降臨、古代史の謎を解く鍵を私は握っている。
『古代丹後王国は、あった』 伴 とし子著
古代丹後王国は、あった
平成10年 東京経済
多くの伝説と遺跡からの推理。古代丹後王国があったことを証明した衝撃の書。
『龍宮にいちばん近い丹後』 伴 とし子著
龍宮にいちばん近い丹後
平成2年
浦嶋伝説のふるさと丹後には、2つの浦嶋伝説があり、浦嶋の系図も残されている。ロマンあふれる伝説地を紹介する。
『網野の浦嶋伝説』 網野町文化保存会 伴とし子
網野の浦嶋伝説
昭和55年 網野町文化保存会
文献学的には日本最古の浦嶋伝説の発祥の地丹後には、伊根の宇良神社と網野の浦島伝説と2か所の伝承地がある。なぜ2か所につたえられるのか、わかりやすくたどる。
Photo Album
フォトアルバム
伴とし子フォトアルバム
伴とし子フォトアルバム
伴とし子フォトアルバム
伴とし子フォトアルバム
伴とし子フォトアルバム
伴とし子フォトアルバム
Blog
ブログ
伴 とし子
丹後、タニハに照準をあてれば古代史は解ける
令和3年2月9日

昨日、「古代史の謎は海路で解ける」決定版として、長野正孝先生から、新刊本をご恵贈いただきました。長野先生は、何度か丹後にお越しいただきました。

丹後に卑弥呼がいたということ、大丹波王国、タニハ、丹後王国こそ邪馬台国という私の説を名前も記し、書いてくださいました。

丹後は、日本建国始まりの地。卑弥呼は丹後にいたのです。

邪馬台国論争が終わらないのば、丹後、タニハを封印しているから。大和は丹後あっての大和。タニハが、でてきたら解けるのです。

時代は動いています。風は軽やかに流れています。

丹後、タニハに照準をあてれば古代史は解ける

「世界のアンノ」安野光雅先生、やすらかに
令和3年1月20日

追悼 安野光雅先生。

ありがとうございました。

山を見ると安野先生ならどう描かれるだろうと思う。今日のこの海の色は、どこかで。先生のあの作品の色に似ていると思った。

自然をこよなく愛された画家、安野光雅先生は、2020年12月24日、肝硬変のため、94歳の生涯を閉じられました。

42歳、「ふしぎなえ」で絵本作家として世界デビュー、シカゴトリビューンオーナー賞を受賞。世界中で大評判となりました。以来、数多くの作品、多くの受賞歴を重ねられ、「世界のアンノ」「世界を旅した風景画家」と評されました。

丹後に和久傳の「森の中の家安野光雅館」が開館したのは、2017年6月23日。何度も丹後においでいただき、オープンにそなえ、ポスターやしおり作りの細かなアドバイスまで直接にご指導いただくことができました。美術館の中で安野先生のおだやかな優しい水彩画に日々囲まれて心に栄養をいっぱいいただきました。

「何もすることがなくなったら、やっぱり、絵を描いているだろうな。」最後まで、描き続けられ、書き続けられた、安野先生のご生涯。人々を「幸せ」にする素晴らしい優れた作品が永遠に残りました。

安野先生、いっぱいの宝物をありがとうございました。やすらかに。

「世界のアンノ」安野光雅先生、やすらかに

『蒲生野52』に、「卑弥呼」執筆
令和3年1月12日

八日市郷土文化研究会発行の会誌第52号の『蒲生野』が発行されました。

私は「卑弥呼」と題し、従来より主張している邪馬台国大丹波王国説を展開しました。高名な学者様方は、遺跡が重要を第一等にかかげられる。ならば、2世紀後半から3世紀初頭にかけての遺跡に注目し先進性がどこにあったかを言及するなら、やはり、丹後や近江、タニハ王国に注目すべきであろう。ヤマト説も、丹後あってのヤマトである。丹後の遺跡、近江の遺跡の先進性に注目し、ヤマト建国の基礎を作ったところがどこにあったか。これが一番重要である。

卑弥呼を擁立できる最強の海人族の中心勢力はどこにあったか。丹後の海人族こそ、多くの氏族にいたであろう日の巫女のトップとなる卑弥呼を擁立できたと考えたい。すなわち、卑弥呼の父は、倭得玉彦命。母は高額姫であり、父が息長宿祢王で近江につながる。また、「先代旧事本紀」のいう谷上刀婢(たなかみとべ)も近江の人。どちらからみても、母は、近江の人の可能性に言及した。卑弥呼の出自をはっきりとさせなければならない。卑弥呼は大丹波王国の日の巫女なのだということを。それが、倭国の女王とみなされたことを。

同会誌には、野村しづかず氏の「東近江地域の古墳時代」、中島伸男氏の「野々宮神社の考古学」等々、必見。

『蒲生野52』に、「卑弥呼」執筆

ユーチューブ第2弾『湯舟坂古墳』完成‼️
令和3年1月11日

タニハ王国の復活祈るユーチューブ第2弾『湯舟坂古墳』が完成しました。

久美浜町須田は、私の母の生まれたところ。湯舟坂古墳のそばには実家の畑地。亡母は、幼きころより、ここには神様がいらっしゃるところだから、絶対に上に上がって遊んではいけないといわれていたところ。

こから黄金の大刀が出土しました。1300年以上語り継がれる王家の伝承。

王家のふるさと、タニハ王国の復活を祈り、つくりました。また、ご覧ください。

https://m.youtube.com/watch?v=xNONAxiTUQE&feature=youtu.be


『日本はこうしてつくられた』阿部龍太郎氏の本に対談が。
令和3年1月2日

新年早々、直木賞作家阿部龍太郎氏の『日本はこうしてつくられた』をいただきました。

以前、古代丹波歴史研究所をお訪ねくださり、対談し、月刊誌『サライ』に掲載いただきましたが、全国の半島の古代史を取材されたもの。

第2章 謎の丹後王国。天孫降臨は丹後にもあったことなどなど書いてくださっておりました。ありがとうございました。

『日本はこうしてつくられた』阿部龍太郎氏の本に対談が

2021年、明けましておめでとうございます。KBSテレビで美術館を紹介
令和3年1月2日

先般、KBS京都テレビの「ミュージアムに行こう」で、森の中の家安野光雅館をご紹介いただきました。

京都府知事によるオープニングトークで始まり、キャスターは海平和さん。

展示は安野先生の新作初公開の「絵あそび」、また「もりのえほん」、安野先生の新境地といえる「阿修羅像」など。

阿修羅は元々正義を司る神ですが、それが強すぎるため戦闘の神ともいわれ、また慈悲の神といわれますが、魅力は少年のような憂いを秘めた表情。見ていると古代に引き込まれそう。表情の裏にさまざまな歴史を垣間見る楽しみがあります。

今年もよろしくお願いいたします。

https://m.youtube.com/watch?v=J_z8UXddEBQ

KBSテレビで美術館を紹介

KBSテレビで美術館を紹介
クリックでPDFでダウンロードできます(表裏2ページ)



伊敷豊氏の『藤原不比等』を読んで。
令和3年1月1日

古代史革命。真実の古代史は、地域の伝承に隠されている。

『藤原不比等』を上梓されたのは沖縄の伊敷豊氏。

伊敷氏は、神人の家系。かつては、琉球王族尚家を時には上回るほどの勢力をもった琉球王家へ神女(ノロ)を輩出していた家系の血統で、今も伊敷豊氏の兄上が継承されている。豊氏は研究家であり著述家であり実業家の顔を持つ。古代の秘密を鋭くつかむ嗅覚をもち、明晰な頭脳で分析し、自らの中に蓄積されてきた神人の血流がこの本を記すに至った。

天御中主神(豊受大神)を祀る斎場として沖縄と丹後が結び付く。私の拙著にも目を通していただき、『海部氏系図』が大きな謎を解く鍵となったと記す。

「不比等が隠した天御中主神(豊受大神)」

「大化改新の眞のターゲットは彦火明命系皇統」

「天智・鎌足独裁政権の失敗が壬申の乱へ」

「天橋立は沖縄を指し、沖縄は元伊勢を指す」

古代史の真実を語るには勇気がいる。

豊受大神を祀らなければ国成りがたし。

伊敷氏は記す。「『日本書紀』は、「藤原氏新皇統誕生」というコンセプトで書かれていたはずで、中臣氏が人代初頭より登場し「大化改新」を成し遂げるストーリーにする必要があった。」と。「出雲大社の大国主神がなぜ西の方角を向いているのか。遥拝する東の方角には何があったか。丹波国があった。」と。

不比等にとって、隠したかったのは大丹波王国、タニハ王国であったことを記している。

世界が変わろうとしている今、しなやかに大丹波王国、丹後王国、タニハ王国の蘇る時を迎えた。

深く謀り、遠く慮りて、しかし、勇気をもって、簡潔明朗に淡々と記された『藤原不比等』である。

古代史革命は、淡々と進んでいる。

伊敷豊氏の『藤原不比等』を読んで


関先生と藤井フミヤさんの竹取物語のテレビ
令和2年12月29日

楽しく見せていただきました。

帝が不老不死の薬をいらないといったのは、かぐや姫のいないこの世で(地球)で生きている意味がないから、とのコメント。️愛ですね。良かったです。

かぐや姫は竹野姫の曾孫、すなわちタニハ王国の姫。その王国を隠した藤原不比等がくらもち皇子。時空を越えて。竹取物語は、前王朝タニハ王国の物語。月こそ豊受大神のいます前王朝の象徴、タニハ王国。

関先生はタニハを語られたと思いますが、カットされたようですが。編集残念。

本当の真実に出会うには、タニハですよね。

関先生と藤井フミヤさんの竹取物語のテレビ


歴史本など真柴様が母校に寄贈
令和2年12月8日

故郷「丹後」の歴史、文化に関するたくさんの書籍と書架を、ダイシン化工株式会社の真柴幸雄社長は、母校峰山高校にご寄贈されました。

この中には、「ヤマト政権誕生と大丹波王国」ほか私の全著書もご購入いただき、丹後の歴史本として納めていただきました。「古代史の謎を歩く」も。

高校生が、「高き理想を」もち、故郷を大切にしながら「丹後」の地から飛翔してくれることを祈られてのこと。

真柴さま、次代を担う若者たちのために、ありがとうございました。

歴史本など真柴様が母校に寄贈


闘う建築家 安藤忠雄先生のギャラリートークを森の中の家安野光雅館で開催
令和2年12月3日

去る2020.11.3。和久傳ノ森、森の中の家安野光雅館は、今年で3周年を迎えたのを記念し開催。安藤先生のテーマは、「まちは誰がつくるか」。お知らせをさせていただいたとたんに予約で満席となり、安藤先生の人気ぶりを改めて感じた。

安藤先生は並大抵でない努力の上に建築家となり、人生の成功があり、それゆえ、建築家を目指す若者たちにとっては神のような存在だ。しかも、トークは、軽妙洒脱、テンポがあり、聴衆は笑いの連続のなかで、人生訓を学ぶというみごとなトークセンス。また、声が独特のハスキーボイス。安野光雅先生が以前、安藤先生の声質にいたく感動されてこの声はなかなか無いといわれていたことを思いだす。

安藤先生の言葉を記させていただきます。

「知的レベルをあげないといかん。それには、もっと本を読まないとだめ。想像力、創造力をつけないとだめ」

「宮脇昭先生は、植林をした。知的体力がある。世界中を見渡して、地球を考え、日本を考え、アジアを考えてやっている。地球全体を考えてやっていかねばならない。」

「100歳までの人生を考えないといけない。人間は一人では生きられない。対話が大事。人生はいっぱい楽しいことがある。考えるということをもう一度やってみないといけない。」

「結構楽しい生活が丹後にはあるのではないか。丹後は光もある。光を見つけて生きていかないと。」

「清潔で安心で安全であるところ。次の時代を考えられる場所、そういう場所ならいきたいと思う人がいっぱいいる。そうすると、ここは日本海。よほど考えないといかん。」

なぜ建築家になられたのかというと、「大工さんが一心不乱に働いている姿をみて、いいなと思った。一心不乱にやったらなんでもできる。」

「一心不乱」私も、タニハの古代史がナンバー1になるように一心不乱にやりたいと。

安藤先生、ありがとうございました。いつまでも、闘う建築家でいてください。

闘う建築家 安藤忠雄先生のギャラリートークを森の中の家安野光雅館で開催


但馬日下部氏を探る弾丸ツアー。
令和2年11月29日

茶すり山古墳、当勝神社、古宮表米神社、箕谷古墳、堀北1号墳、養父神社などなど。樹齢2千年の糸井の大カツラまで。

感動。狛犬も可愛い。

ありがとうございました。

但馬日下部氏を探る弾丸ツアー



TOPへ