第7号 天のかけはし
2017年6月1日発行
第7号 ご挨拶より 「古事記」にみえる植物

応神(ホンダワケ)天皇が美しい日向の髪長姫を召し上げようとしたとき、太子のオオサザキがその美しさ惹かれ、髪長姫を賜りたいと仰せられ、天皇は寛容にも許されたという逸話がある。天皇は、酒宴を催され、柏の葉に盛った祝いの酒を髪長姫に持たせ、それを太子に捧げさせ、与えたのであった。そこで、天皇は歌う。

野蒜(のびる)を摘みに行く道のほとりに、香ばしく咲く花橘の樹は、上の枝は鳥が枯らし、下の枝は人が摘んで枯らす、三つ並ぶ栗の実の真ん中の色づいたような紅顔の輝く乙女を手にいれられたらいいだろうなあ。と。また、ぬなは(ジュンサイ)を手繰るように手が伸びていたのを知らず、気づかないでいたとは残念だった、と悔しがるような粋な歌を歌っている。

『古事記』には、こうした人間模様に植物が織り交ぜられている。「ぬなは」とはジュンサイの古名で水草で食用になる。「のびる」は、春が旬でその根を食用にする。もちろん葉も食べられる。身体に良いものばかりだ。美しい自然の中で春の若菜を摘む楽しさや「花橘」の香ぐわしさが愛でられること、自然のものを食する幸せは、昔も今も変わらない。これからも変わらないでありたい。(所長)


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第6号 天のかけはし
2017年1月1日発行
第6号 ご挨拶より 『信じる力は』

赤猪子(あかいこ)という女性が『古事記』にでてきます。雄略天皇と河辺で出合い、いつか迎えにくるからといわれて、それを信じてどこへもお嫁に行かずに謙虚な気持ちで待っていたら、九〇歳近くの高齢のおばあさんになってしまいました。ここまで待ったのでせめて死ぬまでに、この気持ちを伝えたいと思って天皇に会いにいきました。

天皇は、すまなかったと思ったがお互いに高齢となっていました。そこで、二人は歌を交わしました。

赤猪子は、恨むのではなく、それを許し、満足して帰っていきました。私はこの赤猪子がなぜか好きです。この途方もなく疑いをしらない信じる力と謙虚さ。彼女はいつも夢を見ている少女のような魂と、人を疑ったことのない天性の明るさと信じる力を持っていたのです。そして、すべてを許せる寛容な心があったのです。信じる力と謙虚さ、許せる力があったら、人生という時間のなかでどんな脅威も乗り越えられます。日本人にはこの美しい潔さがあると思うのです。(所長)


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第5号 天のかけはし
2016年9月1日発行
第5号 ご挨拶より 『旺盛な好奇心と若々しい情熱を

人生の後半に夢をかけたという人に神沢杜口(かんざわとこう)という人がいます。江戸時代に生きた杜口は京都町奉行所の与力、今でいう役所勤めでありましたが、四〇歳ころに退職し、八六歳で死ぬまで文芸の道に入り、江戸時代の一級資料『翁草』二百巻を完成させました。

たとえ才能や努力があっても思いのままに生きることは困難です。杜口の場合は、前半生で準備をし、娘婿に跡を譲って引退し、文芸に打ち込んだといいますが、何よりも健康が大事です。決して頑強な体ではなかった杜口の健康法は「歩く」ということでした。

そして、もっとも重要なことは、旺盛な好奇心と若々しい情熱を終生失わなかったことにあります。こうして、生涯をとおして現役の人生を送った杜口に多くを学びます。(所長)


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第4号 天のかけはし
2016年5月1日発行
第4号 ご挨拶より 『中今(なかいま)』

今、この世はこんなにも美しい。太陽のあたたかさ、雲間からこぼれる光の帯それに応えてきらめく海。花は咲き、陽気とかぐわしい香りを風が運びます。自然は限りなく美しく生きる力を与えてくれます。

中今(なかいま)とは、神代から未来にいたる連続性のなかで、私たちが常に命を更新し、今という瞬間で日々を過ごしていることをしめす神道の基本的な理念です。

中今の精神で、今この瞬間を懸命に生きていくこと、明るく生きていくことが大事だと、そして、それが未来を変えることにもつながっていきます。

人との出会いに感謝して、今を前向きに生きることが大切だと。

桃の花が咲けばさながらここは桃源郷・・・あたたかい風が流れています。(所長)


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第3号 天のかけはし
2016年1月1日発行
第3号 ご挨拶より 『言霊の幸ふ国』

お正月には、「おめでとうございます」と言葉を発し、年賀状にも、「ますますのご健勝をお祈りいたします」などと言葉を重ねます。これは、今日だけおめでとうといっているのではなく、一年の間、あなたに良いことが続きますようにとの祈りが込められているということです。

古代の日本人は、言葉に霊が宿っており、その霊力によって、言葉にしたことが現実化すると考えており、良い言葉を発すると、言葉が現実の事象に影響を与え、幸せになれると信じられたのです。私たちの国は「言霊の幸ふ国」(言霊の霊力が幸せをもたらす国)です。

「明けましておめでとうございます 皆様のご多幸をお祈り申し上げます」古代丹波歴史研究所は、平成二十八年が、皆様にとって、良いことが起きる年でありますようにと、心をこめてご挨拶を申し上げます。(所長)


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第2号 天のかけはし
2015年10月1日発行
第2号 ご挨拶より 『天孫降臨の島』

彦火明神が降臨した冠島 真ん中が立神岩(写真家・坂根正喜氏撮影)日本海に浮かぶ冠島と沓島は、伝説の神の島。人々の信仰を集め、沢山の呼び名があります。冠島は雄島(おしま)、大島、男島(おしま)、老人島(おいとじま)。沓島は雌島、小島、女島。二つ合わせて常世島、凡海息津嶋(おほしあまおきつしま)といいます。ここは天然記念物に指定されたオオミズナギドリの生息地としても知られ、島の境内を行くと所々に彼らの巣穴があります。

冠島を北側から見ると、ナイフのようにそそりたつ立神岩(たてかみいわ)が見えます。(所長)


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創刊号 天のかけはし
2015年5月20日発行
第1号 ご挨拶

天橋立天橋立には、古代神話に登場するイザナギとイザナミの神話が残っています。

天にいたイザナギが地上にいるイザナミに逢うために、天から橋をかけてイザナミのもとに通ったというもので、神々が初めて天と地を行き来したという交通神話であり、壮大な創生神話の舞台です。言い換えれば恋の舞台でもあったわけです。その橋が倒れてできたのが天橋立です。

古代丹波およびその関連領域の歴史を探求することで、日本史の真実に橋をかけ、あわせて皆様の心と心を結ぶかけ橋となれれば、と願っています。(所長)


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